坂田英男氏コーナ

 川崎市高津区 多摩川の川辺に在住。  詩吟を嗜み囲碁を趣味とする現代の歌人です。

・多摩川河畔に宿す

こころありて しばし語らえ天(あま)ひばり

ただひとり聞く 宿としらずや

清流は静かに下り白雲を映(えい)ず

静かな鷺(さぎ)は一瞬にして魚影を捕(とらう)る

童子(どうじ)は嬉々として 水辺に遊ぶ

日暮には誰ぞ復(また) 詩歌(しいか)を詠(えい)ず

宿多摩河畔

  清流静下映白雲

  静鷲一瞬捕魚影

  童子嬉嬉遊水辺

  日暮誰復詠詩歌

春 多摩川の清流は静かに流れ白雲を映している。燃えるような緑に満ち満ちた陽光が降り注ぎ 空高く雲雀がさえずっている。雲雀は絶え間なくやむことなく囀っているが、高い空の上から何を語りかけているのだろうか。冷たかった川の水は温み、小魚も元気よく群れになって泳いでいる。その小魚を狙う小鳥たちの動きも活発になる。身じろぎもしなかった鷺が一瞬小魚を捕らえた。 子供たちは水辺で騒いでいる、蛙などを追っているのだろうか。日暮れ近くになると誰か詩歌を詠っている。 春は人も木も草も鳥も、また水の中の魚も全てがうきうきとする。春は毎年変わ ることなく訪れる、一年の中で最も良い季節である。  

「この詩は自然との深い調和と感受性を描写しています。こころありて、という表現が示すように、作者は感情豊かに周囲の景色と対話を楽しんでいます。天ひばりが天に向かってさえずる様子は、純粋な感情の象徴であり、ただひとり聞く者の存在が詩に温かみを与えています。また、清流が静かに下るシーンでは、自然の美しさが浮き彫りになります。白雲を映し出すことで、自然界の繋がりや浸透感が表現され、静かな鷺が魚影を捕まえる瞬間は、生命の神秘と自然のサイクルを象徴しています。 さらに、童子が水辺で遊ぶ姿は、無垢な喜びと自由を表現し、日暮れに誰かが詩歌を詠む情景が描かれることで、時間の流れと共に移り変わる一瞬の美しさを映し出しています。詩の最後には、再び詩歌を詠む行為が象徴的に述べられ、自然と対話することの大切さが強調されています。」  記 奥村

・晩秋の多摩川を詠ず

    東には半輪の月が昇り

    西に紅の太陽が沈み

    風に河原の葦が揺れ

    空には数行の雁が飛ぶ

  詠晩秋多摩川

    昇東半輪月

    落西紅太陽

    揺風河原草

    飛空数行雁

秋も11月末、晩秋になると多摩川には淋しさが漂う。夕暮れは寒さも増し、人影は無くなる。主役は月や河原の葦になる。 誰でも詩人になるのである

「東には半輪の月が昇り、柔らかな光を大地に注ぎます。その光に照らされた夜の静けさの中、風が優しく河原の葦を揺らし、自然の調和を奏でます。また、西には紅の太陽が沈み、その鮮やかな色合いが空を染め上げる様子はまるで大自然の一大絵巻のようです。この瞬間の美しさは、日常の喧騒から解放され、心を洗われるような感覚をもたらします。そして、遠くの空には数行の雁が飛び交い、彼らの羽ばたきが夕暮れの静寂に響きます。雁たちは、季節の移り変わりを告げる使者のように、旅路を共にし、未来へ向かう姿が印象的です。自然の中に身を置くことで、私たちは自身の存在の小ささと同時に、その美しさに気づかされるのです。」 記 奥村

不食

  碧空(へきくう)爽快にして (こう)(し)映え

  福島の山里 晩秋の景

  帰らず不住(すま)ず 衆は消え去る

  歳月巡り来て 残柿静なり

東北の秋は美しい。山々には様々な色が混在し、澄み切った空に鮮やかに溶け込んでいる。また山には栗や茸など沢山の恵みがあり、山中にはいくつもの牧場があって、たくさんの牛が放牧されている。

 原発事故による避難者はいまだに十数万人にのぼる。無人となった街には牧場に放置され、牧場から逃げ出した牛、飼い主とは一緒に避難できず野良犬となった犬、本来山に生息しているイノシシやタヌキ、ハクビシンそして鹿などが街中を闊歩している。

 2015年11月、私は友人と2人でNPO法人「野馬土」の方の車に乗せてもらい、相馬市から国道6号線を南下、原発の放射能による立ち入り禁止区域や、津波による被害を受けた時そのままの浪江町の商店街、請戸(うけおう?)など多くを見た。またほとんどの田畑には放射能の汚染で出た放射線廃棄物が収容された黒い袋(フレコンバック)が山と積まれている。異常な光景である。

不食柿

  碧空爽快紅柿映

 福島山里晩秋景

  不帰不住衆消去

  歳月巡来残柿静

この漢詩は、山里のいたるところで柿の木に

成ったまま青い空に浮かぶ赤い柿の実を詩にした。この柿は放射能に汚染されている。原発事故の前は福島の土産物などとして販売され、人々に食べられてきた。しかし放射能に汚染されているこの柿は食べることはできず収穫されることはない。  2015.12

「詩は、福島の山里の晩秋の景色を描写しています。碧空の爽快さと紅柿の美しさを背景に、過ぎ去った人々と歳月の流れが静けさを伴って残柿に集約されている様子を表現しています.」  記 奥村

故郷を(たた)える

 神流(かんな)(みず)(ゆたか)にして ()(しゅう)()かつ

 遥かに望む(さん)(れい) 三周(さんしゅう)(つら)なる

 青空 大地 万物に(とみ)

 (なご)みて(たの)しく人生(ひといき)きて 心悠々(ゆうゆう)

 

故郷頌

 神流水豊分二洲

 遥望山嶺連三周

 青空大地富万物 和愉人生心悠々

私の故郷は埼玉県の神川町(旧丹荘村)である。埼玉県と群馬県の県境を流れる神流川に沿った農村である。神流川は利根川に合流するが、上流には三波石という名の庭石などに多く使われている美しい岩が産出される。さらにその上流に行くと下久保ダムという名のダムが建設されていて、東京の人々に生活用水を送っている。

 神川町は関東平野の北西に位置している。西には秩父の山々、北には妙義山、榛名山、赤城山の上毛三山、東には栃木の山々が連なり、遥か遠くに日光男体山を望むことができる。さらに、南はどこまでもさえぎるものがなく、関東平野が広々と広がっている。

 この農村地帯全体には、ゆったりとした時が流れているように思う。

 関東平野北西部の空と大地、そして神流川の豊富な水に恵まれて収穫される様々な農作物。私は幼い頃から三方に連なる山々をいつも見ながら農作業を手伝っていた。私は神川町で18歳まで過ごした。子供の頃からの友人もまだその多くが健在である。

               2013年11月 坂田英男

「この詩は自然の美しさと調和を讃えています。神秘的な水の流れや山の景色を見渡し、青空と豊かな大地がすべての生命を育む様子を描写しています。子供時代 故郷で過ごして楽しい情景が何時までも坂田氏の心に残っています。」  記 奥村

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