道三堀
江戸城和田倉門に江戸湊に流れる平川から舟で直接物資や建設資材を搬入する道三堀を江戸入り直後8月に開削しました。その道三堀の先に小名木川(おなきがわ)を開削し江戸城築城の物資はもちろん、行徳で産する塩(塩の生産地は限られており重要な場所でした)を江戸に運ぶルートを確保し、更に小名木川の東にも新たな水路「新川」を開鑿しました。当時は軍事的な目的も兼ねて迅速に移動できるよう、わざわざ海岸線の内側に直線的な水路 を設けたと推測されます。 後に江戸最大の物流水路へと発展する事になります。
名所江戸百景 八ツ見のはし 歌川広重 国会図書館
この付近で江戸城東側の外堀であった外堀川と隅田川につながる日本橋川、城内へ日本橋川からの物資を運び入れるための道三堀(どうさんぼり)が交わっている水路の交差点ともいえるような場所です。 一石橋から手前日本橋川の向こう道三堀に架かる銭瓶(ぜにかめ)橋を望んいます。道三堀の先に江戸城和田倉門があります。
銭瓶橋
慶長見聞集によればこの橋のたもとで銭が入った瓶を掘り出 し、代官に届け出た由来から命名されたそうです。
小名木川(おなぎがわ)
小奈木川五本まつ 広重 国会図書館
江戸への塩の安定供給は重要事項で、塩の産地である下総国行徳から塩を運搬する水運経路として小名木四郎兵衛が開削し小名木川と命名されました。 高速運搬を意識して隅田川と中川を東西につなぐ約5キロを一直線に結んでいます。後に利根川東遷と組み合わせ奥州方面から江戸への物資輸送の重要水路となりました。

江戸名所図 「小名木川五本松」
屋敷より松の枝が小名木川まで伸び、江戸の名所でした。
川上と この川下や月の友 芭蕉

